相殺処理はインボイスでどう変わる?相殺の方法やインボイス制度を解説
インボイス制度の開始に伴い、企業の請求書処理や相殺処理が大きく変わることが予想されています。相殺処理とは、売掛金と買掛金を相殺することにより、実際の金銭のやり取りを簡略化する手法です。しかし、インボイス制度の導入により、この相殺処理にも新たなルールや注意点が出てきました。
当記事では、相殺処理の基本からインボイス制度による影響までを詳しく解説し、企業がどのように対応すべきかを紹介します。インボイス制度対応のための電子帳簿導入のメリットについても触れますので、ぜひ参考にしてください。
目次
1. 請求書の相殺処理とは?
1-1. 掛取引とは?
1‐2. 相殺処理とは
1‐3. 相殺処理のメリット・デメリット
2. 請求書の相殺処理の書き方
2-1. 相殺前後の金額を明記する
2‐2. 相殺取引の詳細を帳簿に残す
2‐3. 必要な場合は相殺領収書を用意する
2‐4. 必ず事前に合意を取る
3. インボイス制度とは?
6. インボイス制度の対応のために電子帳簿を導入するメリット
6-1. 業務効率化・コスト削減になる
6‐2. 人為的なミスが減る
6‐3. 経理業務の負担が減る
6‐4. 海外との取引がしやすくなる
1. 請求書の相殺処理とは?
請求書の相殺処理とは、掛取引を採用する会社が取引先に対して債権と債務を有しているとき、債権・債務の帳消しをしたり、同額分だけ減額したりすることです。
相殺処理を行った債権・債務は、入金済・支払済と同じ扱いになります。
1-1. 掛取引とは?
相殺処理を行うときは、自社・取引先の双方が「掛取引」を採用していることが前提となります。
掛取引(かけとりひき)とは、期間内に発生した取引金額について、まとめて後払いにする取引手法のことです。掛取引で売り手側が請求する金額は「売掛金」、買い手側が支払う金額は「買掛金」と呼びます。
掛取引は支払いタイミングが一括されることで、取引のたびに売り手側が請求書作成を行ったり、買い手側が何度も銀行振込をしたりする手間がなくなる点がメリットです。
ただし、掛取引は販売から代金回収までの期間が長くなる取引方法であり、支払い遅延が発生すると売り手側のキャッシュフローが悪化するおそれがあります。
掛取引を採用する場合は、取引先に支払い遅延や貸倒れのリスクがないかを調査する「与信管理」を実施することが重要です。
1‐2. 相殺処理とは
相殺処理(そうさいしょり)とは、自社と取引先との掛取引で発生した売掛金・買掛金について、同額分を消し合う処理のことです。
例として、A社がB社に対して20万円の売掛金があり、同時にB社に支払わなければならない20万円の買掛金があるとします。
通常通りB社から売掛金20万円を回収して、B社に買掛金20万円を支払ってもよいものの、双方が合意すれば売掛金の相殺処理をすることが可能です。
A社とB社は相殺処理によって20万円の売掛金・買掛金を帳消しにして、請求・支払業務を省略できます。
また、売掛金と買掛金に差額がある場合も相殺処理は行えるものの、相殺できるのは同額分のみです。
例として、A社がB社に対して20万円の売掛金があり、買掛金は10万円である場合、相殺処理を行うことで売掛金・買掛金が10万円ずつ相殺されます。残った10万円の売掛金は通常通りB社へと請求します。
1‐3. 相殺処理のメリット・デメリット
相殺処理にはメリット・デメリットの両方が存在します。請求書の相殺処理を実施する前に、自社で行ったほうがよいかどうかを検討しましょう。
【相殺処理のメリット】
・会計処理の手間が減る 相殺処理を行うと会社を出入りする資金額が減少するため、会計処理の手間が減ります。振込手数料がかからない点もメリットです。 ・キャッシュフローが安定する 相殺処理は現金のやり取りをする頻度が減少して、キャッシュフローが安定します。売り手側にとっては、実質的に代金回収を支払期限より前に行えるメリットもあり、売掛金の回収が困難になるリスクを低減できます。 |
【相殺処理のデメリット】
・事務処理が増える 相殺処理を行う際は、双方の会社が領収書や請求書を発行するため、請求業務の事務処理が増えます。 ・お金の流れが把握しにくくなる 相殺処理によって行われた売掛金・買掛金の相殺は、帳簿など関係書類にだけ記載されて、お金の流れが把握しにくくなるデメリットがあります。本来の売掛金・買掛金の額や取引内容を正確に記録するとともに、いつでも把握できるようにしましょう。 |
2. 請求書の相殺処理の書き方
相殺処理を行う場合であっても、売り手側は一般的な請求書処理と同じように請求書を作成します。
以下では請求書の相殺処理について、請求書に書くべき内容や帳簿に記録する内容などを解説します。
2-1. 相殺前後の金額を明記する
まず請求書には、一般的な請求書と同じように下記の内容を記載します。
・請求書発行日 ・発行者名 ・宛名 ・取引内容 ・請求金額 ・代金振込先情報 など |
さらに「請求金額」については、下記の3点を明記しましょう。
・相殺前の請求金額 取引で発生した本来の請求金額を、取引日・商品名とともに記載します。 ・相殺金額 請求金額に対して相殺する金額を記載します。相殺金額は減額であるため、金額の頭に「-(マイナス)」や「▲(黒三角)」を付けて、減額される金額であることをしっかりと示してください。 ・相殺後の請求金額 相殺前の請求金額と相殺金額を合算した結果の金額を記載します。書面上では「請求金額」とのみ記載して構いません。 |
「相殺前の請求金額」と「相殺金額」は請求項目の欄に記載するほか、別に相殺の項目を設けて記載したり、請求書の備考欄に記載したりすることも可能です。
また、請求書そのものを2枚に分けて、1枚には本来の請求金額を記載し、もう1枚には相殺後の請求金額を記載する方法もあります。
2‐2. 相殺取引の詳細を帳簿に残す
請求書の発行後は、売り手側・買い手側の双方で相殺取引の詳細を帳簿に残しましょう。帳簿に取引詳細を残すことで、いつ・何の・どのような取引で相殺処理を行ったかを、双方がいつでも確認できます。
帳簿上では売掛金は資産勘定、買掛金は負債勘定であるため、売掛金を貸方科目、買掛金を借方科目として計上します。例として、下記のように仕訳処理をしましょう。
借方 |
貸方 |
摘要 |
||
買掛金 |
20万円 |
売掛金 |
20万円 |
B社取引相殺処理 |
また、相殺処理後も売掛金・買掛金が残る場合、残額については別に仕訳を行わなければなりません。
2‐3. 必要な場合は相殺領収書を用意する
相殺処理の事実証明などが必要な場合は、相殺領収書を用意しましょう。
相殺領収書とは、相殺処理を行った事実を証明できる証明書類です。相殺処理において発行義務はないものの、発行することで両社が相殺に合意した証拠となり、相殺処理の確実な実行やトラブル防止に役立ちます。
また、相殺領収書は発行時に金銭の受け渡しが発生していないため、発行時に収入印紙を貼付する必要がありません。普通の領収書は金銭の受け渡しが発生するときに発行する書類であり、領収金額が5万円以上になると収入印紙の貼付が必要となります。
しかし、一部金額を相殺として、残りの金額を金銭などで受領したことを示す領収書の場合、相殺分を除く金額については収入印紙の貼付が求められます。
2‐4. 必ず事前に合意を取る
請求書の相殺処理は、民法上は双方の合意がなくても行えます。
(相殺の方法及び効力) 第五百六条 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。 |
(出典:e-Gov法令検索「民法」)
しかし、ビジネスの慣習として、相殺処理は双方合意のもとで行ったほうがよいでしょう。相殺処理を一方的に行うと、急なキャッシュフローの変化などで相手方の会社に迷惑をかける可能性があるためです。結果として、掛取引に欠かせない「両社間の信頼」を損なうリスクがあります。
自社にとって請求書の相殺処理に多くのメリットがあっても、取引先にもメリットがあるとは限りません。相殺処理を実施したい場合は必ず事前に合意を取り、両社間の信頼を損ねない形で相殺取引を行いましょう。
3. インボイス制度とは?
領収書の相殺処理を検討する際は、「インボイス制度」による影響も考えなければなりません。
インボイス制度とは、複数税率の消費税制度に対応した、新しい仕入税額控除の方式です。正式名称は「適格請求書等保存方式」であり、インボイス制度に沿って発行する請求書を「適格請求書(インボイス)」と呼びます。
インボイス制度の開始によって変わるポイントは、主に下記の2点です。
・仕入税額控除の適用要件 インボイス制度導入後に課税事業者が仕入税額控除の適用を受けるには、売り手側が発行する適格請求書の入手と保存が必要です。免税事業者との取引など、適格請求書が発行できない取引については仕入税額控除の適用が受けられません。 なお、適格請求書は「適格請求書発行事業者」のみが発行できます。 ・適格請求書の形式 従来の請求書は、8%の軽減税率と10%の標準税率を区分して記載する「区分記載請求書」で発行されていました。 インボイス制度開始後は、適格請求書発行事業者が発行する適格請求書の形式でのみ、仕入税額控除の適用を受けられます。 なお、適格請求書の形式は、区分記載請求書の形式にいくつかの記載項目が追加される形となっています。 |
インボイス制度は2023年10月1日に開始しているため、事業者は請求書の形式に注意しましょう。
(出典:国税庁「インボイス制度とは」)
(出典:国税庁「インボイス制度の概要」)
4. インボイス制度における請求書の記載内容
インボイス制度で発行する適格請求書には、下記の事項を記載する必要があります。
・交付先事業者の氏名もしくは名称 適格請求書の交付を受ける事業者(買い手側)の氏名もしくは名称を記載します。 ・適格請求書発行事業者の氏名もしくは名称と登録番号 適格請求書を発行する事業者(売り手側)の氏名もしくは名称と、登録番号を記載します。 登録番号とは、適格請求書発行事業者として登録した事業者に交付される固有の番号です。「T+13桁の数字」で表されて、法人の場合は「T+法人番号」が登録番号となっています。 ・取引年月日 取引を行った年月日を記載します。 ・取引内容 取引の内容と金額を記載します。軽減税率の対象品目である場合は※を付けて、「※軽減税率対象品目」のように記載をします。 ・税率ごとに区分して合計した対価の額と適用税率 8%の軽減税率と10%の標準税率に分けて、それぞれの税率ごとに合計した取引金額と、適用税率を記載します。取引金額は税抜・税込のどちらを記載しても問題ありません。 ・税率ごとに区分した消費税額 軽減税率と標準税率に分けて、それぞれで合計した消費税額を記載します。 なお、消費税額の端数処理は、1つの適格請求書で税率ごとに1回のみです。 |
5. インボイス制度で相殺処理はどう変わる?
インボイス制度の開始後も、相殺処理をするときの請求書の書き方は大きくは変わりません。
注意点としては、相殺処理をするときにも適格請求書のフォーマットを使用してください。相殺処理の請求書には、適格請求書の記載事項である登録番号や消費税率・消費税額などを記入する必要があります。
また、適格請求書の取引内容に記載する金額は、「相殺前の金額と消費税」を書くようにしましょう。買い手側は相殺前の金額が課税仕入れ額となるため、相殺前の金額と消費税が記載されていたほうが仕入税額控除の計算をしやすくなります。
6. インボイス制度の対応のために電子帳簿を導入するメリット
インボイス制度対応のためには電子帳簿を導入することがおすすめです。
電子帳簿は電子データで作成した帳簿のことで、帳簿を使用する業務はもちろん、相殺取引を行う際にもさまざまなメリットがある帳簿形式です。
インボイス制度への対応として、電子帳簿を導入するメリットを4つ紹介します。
6-1. 業務効率化・コスト削減になる
電子帳簿を導入すると、従来の紙媒体での帳簿・請求書作成が不要となります。電子データであるため保管や管理が簡単になり、帳簿を使用する業務の効率化にもつながるでしょう。
電子帳簿は会計ソフトで作成できて、製品によってはソフトウェア上でのデータ管理も行えます。税金計算や相殺取引の記録も簡単に行えるため、請求書の相殺処理を活用したい事業者に向いている方法です。
また、紙媒体の帳簿では必要となる帳簿用紙・バインダーや印刷費用も、電子帳簿であれば不要です。帳簿保管用のキャビネットや保管場所を確保する必要もなくなり、保管コストを削減できます。
6‐2. 人為的なミスが減る
電子帳簿の作成で利用する会計ソフトは、自社の販売管理システムなどと連携したり、適格請求書のフォーマットを使用できたりする機能があります。請求業務にかかわるさまざまな作業で、人為的なミスが減る点がメリットです。
紙媒体の請求書を作成する場合は税額計算や金額入力など、ミスが発生しやすい作業がいくつもあります。会計ソフトで作成する電子帳簿であれば、計算ミスや入力ミスなどの人為的ミスを防ぐことが可能です。相殺処理をする場合の金額計算も、電子帳簿であればミスを防げるでしょう。
さらに、電子帳簿にタイムスタンプの付与や電子署名を付与すれば、データ改ざんの予防もできます。
6‐3. 経理業務の負担が減る
電子帳簿の電子データは、さまざまなソフトウェア・システムで利用しやすい形式で作成される点が特徴です。電子帳簿を活用することで、請求・支払・入金管理・消込処理といった経理処理の多くを自動化できるようになり、経理業務の負担が減ります。
紙媒体の請求書のように1枚ずつの請求書を手入力で作成する手間は、電子帳簿では必要ありません。請求書や領収書の処理を効率的に行えるようになり、経理担当者はより重要な業務に集中できます。
相殺処理の際に発行する請求書・領収書や相殺請求書も、電子帳簿であれば簡単に作成可能です。相殺処理のデメリットとなる事務作業の増加が解消されて、企業が相殺処理を活用しやすくなります。
6‐4. 海外との取引がしやすくなる
海外との取引がしやすくなる点も電子帳簿のメリットです。
電子帳簿で電子インボイスを作成するときは、一般的に「Peppol」という規格が使われます。Peppolは世界40か国で利用されている国際的な標準規格で、Peppolにもとづいて作成された電子インボイスは海外との取引時にも活用することが可能です。
紙媒体の請求書は作成時に言語や形式が決まっていて、言語・通貨・法律などが異なる海外との取引では使えないケースがあります。海外との取引頻度が多い、もしくは将来的に海外進出を考えている事業者は、電子帳簿の導入を検討するとよいでしょう。
7. 電子帳簿を導入する際は電子帳簿保存法にも注意!
帳簿を電子データで保存するときは、電子帳簿保存法を守る必要があることにも注意してください。
電子帳簿保存法とは、国税関係帳簿書類を電子データで保存することを認めると同時に、電子データで保存する場合の各種要件を定めた法律です。2022年の改正電子帳簿保存法では、電子取引で発行された電子取引データについて、電子データでの保存が義務化されています。
電子帳簿保存法に対応した形式で電子データを保存するには、下記の4つの要件を満たさなければなりません。
・システム概要を記載した書類の備え付け 自社開発のプログラムを使用して電子データを作成した場合は、システムの説明書や操作マニュアルの備え付けが必要です。市販のシステムを利用している場合は不要です。 ・見読可能装置の備え付け パソコンやプリンターなど、保存した電子データの出力ができる装置があれば要件を満たせます。 ・検索機能の確保 特定の条件で情報を抽出できる検索機能が必要です。 ・データの真実性の確保 タイムスタンプの付与など、データの改ざんを防いで真実性を確保できる仕組みが必要です。 |
特に「検索機能の確保」「データの真実性の確保」の2つが、保存方法の課題となります。電子帳簿保存法の要件を満たすには、電子帳簿保存法に対応した電子帳簿システムを使うとよいでしょう。
「電子帳簿保存法に対応したタイムスタンプの付与方法は?役割や必要性も」
「請求書の電子化・ペーパーレス化とは?メリット・デメリットも紹介」
まとめ
インボイス制度の導入により、企業の請求書処理や相殺処理の方法に大きな変化が求められるようになりました。相殺処理の基本を理解し、新しい制度に対応するための準備を進めることが重要です。特に、電子帳簿の導入は業務効率化やコスト削減に寄与し、人為的なミスの削減にもつながります。
また、適切な相殺処理を行うことで、キャッシュフローの安定化や取引先との信頼関係を維持することが可能です。インボイス制度に対応し、円滑な経理業務を実現するために、今後も最新情報をチェックし、必要な対策を講じましょう。
監修者情報
![]() 横川堅太 – Kenta Yokogawa – CREST税理士法人 代表社員 監査法人トーマツで監査業務や会計コンサルティング業務やM&A業務に従事し、その後税理士法人で税務業務に従事。 2014年に横川公認会計士事務所を開業し、2016年にCREST税理士法人へ法人成り。代表社員として現在に至る。 |